子どもと親のためのコミュニティ広場

三宅 寛子
ネガイハ カナウ
三宅 寛子(38) 大阪府堺市

 「子どもがいなくても二人で仲良く暮していけば、それでいいよね」と私達夫婦は、暗 黙の了解の合い言葉のように、いつもそう言っていた。暗黙の部分には少し理由があった から……私は夫より9つ年上で、離婚歴がある。子どもも三人いた。まわりの反対を押し 切って、やっとの思いで結婚できた。どうにか結婚できたのだから、結婚後7年経って子 供ができないのも、幸せの高望みをしてはいけない、今のままで、十分幸せなんだ、と半 ばあきらめながら二人とも、自分に言いきかせていた。
 でも実際は夫は寂しかったと思う。
 私には離れて暮しているとはいえ三人の子どもに会う事はできたのだから。きっと私の 何倍も子供が欲しいという気持は強かったはずだ。寂しさを、まぎらわすように二人で働 き、週末は恋人同志のように映画や食事に出かけ、休みが合うと海外旅行を楽しんでいた。 そんな生活があたりまえのようになった頃、妊娠した。うれしさよりも、驚いた。初めて の子どもと会える夫。もう一度母親になれる私。
 子どものいる生活を想像しては二人して幸福感に包まれていた。そして2002年の夏、 娘は私達の元に生まれてきてくれた。
 夫が考えてた名前は「(かなう)」。
 私達の願いが叶って生まれてきてくれた。この子の願いが叶いますように。と二つの思 いを込めて名付けてくれた。新しく娘の名前が入った保険証を誇らしげに、私に見せにき た夫が少しおかしくて笑ったけど、二人の名前の下に書かれた「叶」の文字が、これまで の長い道のりもこえて、やっと家族になれた喜びを表わしてくれてるようで、夫と笑いな がら泣いた。


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