子どもと親のためのコミュニティ広場
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みすずかる信濃
蛇澤 美鈴(26) 岩手県紫波郡紫波町
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学校に行きたくない。そう告げた朝、母は私をドライブへと連れ出した。都心のマンモ
ス校から過疎化にあえぐ山村の小学校へと転校した、九歳の夏の初めのことだった。行き
先は『美鈴湖』。私の名前の由来の地である。
隣接する長野県のとある山間に、ひっそりとそれはあった。散々迷ったついでにあちこ
ちと道草し、土地の物を食べ、車窓を流れる知らぬ風景を飽くなく眺めるうちに、私の心
のしこりも景色に滲み、溶けてゆくような気がした。母は何も聞かなかった。ただ、他愛
もない話をとめどなくした記憶がある。
ようやく辿り着いた早朝、朝露の中に浮かび上がる湖面に、畏怖の念と共に母への感謝
で胸が詰まった。言葉も出ず、ちらと盗み見た母の横顔は驚くほど清らかに微笑んでいた。
そしてその笑みが、何より私の励みとなった。もしかしたらあの時母は、父と離婚し私を
連れ、たった二人で縁もない山村へと越したことを、少なからず気に病んでいたのかも知
れない。子どもを持った今、私にもようやくその気持ちがわかるような気がする。
古い歌がある。もはや知る人も少ないだろうその歌を、乳白色の障子を背に、母はよく
歌ってくれた。今もなお、事あるごとに心に浮かんではふと口ずさむ。
『みすずかる
信濃の国の千曲川
八ケ岳から佐久平
やがて越後の信濃川……』
これもまた、美鈴湖とともに私の名の由来となった一つである。信濃にかかる枕詞であ
る「みすずかる」。母が美鈴と名付けた裏にある、熱い思いを馳せた何かに、私も近づける
日が来るだろうか。
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