子どもと親のためのコミュニティ広場

棚橋壽美惠
最初で最後の贈り物
棚橋壽美惠(54)高知県高知市

 「あんたの名前は値打ちがあるぞね。なんせお父ちゃんが三日三晩、考えに考えた がやき」
 中学生のころだ。私が「私、自分の名前なんか嫌い」と文句をつけ出すと、母はすかさ ず、いつもこう応えたものだ。
 でも、そんな母に向かって、私はさらに
 「こんなむつかしい漢字三日ばあ考えんと浮かんでこんろう」ときり返していた。する と、母は待ってましたとばかりにこんな話を持ち出してきたのだ。「まあ、お父ちゃんも悔 しかったろうよ。一緒になって18年目にやっとあんたが出来たというに、すぐに死んだ がやもねえ…」話はさらに続く―「結局、お父ちゃんは最後の命を燃やしてこの名前を付 けてくれたがよえ。幸せで、きれいで、賢い娘になって欲しいと願ったがやろう」と―。 だから、しまいには私はぐうの音も出なくなり、ただ沈黙するだけだった。
 あれから40年余。母も12年前、父の元に旅立った。でも、母が語り継いでくれた、 父が命名の折りに架けてくれた、私への深くて熱い思いは、私自身が歳を重ねるごとに心 のどこかで分かってはきていた。
 そして、それが決定的に分かったのは私が一人の親となったときだった。いまごろにな り、父の最初で最後の私への贈りものである自分の名前を、私はとても愛しく思っている。
 健康で幸せであれと願い「壽」、きれいな娘にと希望し「美」、賢くあれと祈り「惠」。
 だから、私の名前は「壽美惠」―。
 残念ながら、顔と姿、そして、頭の方は、父の願いは叶っていない。でも、それは父も 納得しているはずだ。なにせ、私は父にそっくりだとのことだから……。けれど、父が多 分一番願ってくれただろう「壽」の方は通じているのではないだろうか。
 やさしい夫と憎ったらしい二人の娘を相手に、日々、笑ったり、怒ったり、泣いたりし て、元気に平穏に暮らしているのだから―。


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