子どもと親のためのコミュニティ広場
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二士。私の名前である。今まで生きて来て同名の人がいると聞いた事も、またお目にか
かった事もない。自分の名前が珍しいのに対するコンプレックスを感じ始めたのは小学高
学年の頃からだった。進級して担任の先生が替わると、決って名前の読み方を聞かれた。
クラスのみんなからは、「ヘンな名前だ」と馬鹿にされた。次第に人前で自分の名前を隠す
ようになっていった。「太郎」とか「一郎」などのどこにでもある名前に憧れた。何でもっ
とまともな名前を付けなかったのか、と日増しに不満はつのり、遂に中学生の時、反抗期
も手伝ってその思いを母に爆発させたのだ。
私の名前は、誕生日の十一月十一日に由来していた。つまり、十一と士が二つあるので、
「二士」という事だった。命名したのは親父で、「おまえが生まれて祝い酒に酔っぱらった
頭で閃
いて、一人悦
に入ってたようだよ」と母が懐しそうな目を宙に浮べて言った。私は
その発想に少し感心したが、それもつかの間、(冗談じゃない。酔った頭で考えられたんじ
ゃ、たまったもんじゃない)と大いに憤慨
した。私はこの珍名に何か奥深い意味が秘めら
れているのでは、と期待していただけに釈然とせず、直接親父に問い質そうとしたが時期
を逃
し、齢を重ねるごとにもうどうでもよくなり、初対面の人に自ら進んで名前の由来を
面白おかしく話すようになっていった。
数年前のある日。新聞の紙面で、なんと!私の誕生日が「乾電池の日」である事が分っ
た。つまり、乾電池の+
・−、
十・一の配列から名付けられており、私は思わず唸った。
その考え方が自分の命名された発想と似ていたからだ。私の胸に、行方知れずの肉親にぱ
ったり会ったような、同病相憐の友を得たような、何とも形容しがたい感情がじわりと込
み上げて来た。それと同時に、酒に酔い上機嫌の頭で閃いた私の名前に小躍
する親父の
姿が脳裏に浮び、自然と顔がほころび心が弾んで来るのを感じていた。
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