子どもと親のためのコミュニティ広場
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平成二年、春まだ浅き三月のある朝、ひとりの女の子が私達夫婦の三番目の子として元
気な産声をあげた。子ども好きな私はかねてより、我が子は少なくとも三人は欲しいと思
っていた。しかしその前年母が倒れて意識不明の状態が一ケ月半も続き、医師からは「助
かっても植物状態になる可能性が高い」と告げられていた。幼な子二人を抱えながらフル
タイムで働き、 その上母が……。そんな中での妊娠、育児は到底無理と、一時はあきらめ
そうになった三番目の子の誕生であった。
生まれる前から夫と二人で相談して、名前は女の子なら「晶子」、
男の子なら「旭彦」と
決めていた。子どもの名前はだれかに付けてもらう人もいると聞くが、私達夫婦は上の二
人の子の時から、自分たちで精いっぱい考えてつけようと決めていた。なぜなら名前は、
親から我が子への最初の、しかも一生ついて回る最大のプレゼントだと思っていたからで
ある。また一所懸命名前を考えることで、親となる自覚と責任を、夫婦お互いに深めたい
という気持ちもあった。
「晶子」の「晶」という字は、漢和辞典によれば象形文字で、「ちりばめられた多くの星
が夜空に輝くさま」を表すという。人の一生は、誰だって幸せな時ばかりではないだろう、
平坦な時ばかりとも限らない。でもだからこそ、どんな時でも人間としてそして女性とし
て、キラキラと輝いて生きていってほしいという願いを込めてつけたのである。
晶子、ただいま中学三年生。思春期を迎え、一応いっぱしの口もきく。しかしもしあの
時母の意識が戻らなかったら、あるいはもっと長引いていたなら、今ここにはいなかった
かもしれない子である。そう考えるとこの子は、その数年後に亡くなった母から私達への
大きなプレゼントなのかもしれないと思う。そして、輝いて生きていって欲しいと思って
名前をつけたが、私達夫婦や家族にとっては、もうすでにかけがえのないスターになって
いる。
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