子どもと親のためのコミュニティ広場
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「懐かしの山里」より想いをこめて
慶野 寿子(55) 岩手県北上市
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見はるかす山々の上には、新雪の富士山。秋の日差しをあびて、黄色い柚子の実が輝い
ている。始めてこの山間の集落を眺めたとき、思わず私の口をついて出た言葉は、
「……アルカディア(理想郷)」だった。
離婚後すぐに、煩雑な都会を逃れるようにして、この絵のような山里に移り住んだ時、
私は37歳、娘は9歳だった。あれから18年の歳月が流れたことになる。
山梨県増穂町・穂積集落。
こののどかな山村には、吸い込まれるような碧い空があり、
沢蟹のいる清らかな流れがあった。娘は当時流行りのファミコンを捨て、廃家や山路の探
検に忙しくなり、私は借りた畑に種を蒔き、田圃を鋤いて米を作った。
『穂積』の暮らしは、すばらしかったが、もちろん愉快なことばかりではなかった。私
たちのように他県から移り住んだ者たちは、やはりいつまでたっても「よそ者」だったし、
児童数46名の小学校でも、いじめはあった。自然そのものを教材にした、質の高い授業
を受けることはできたが、仲間にノケモノにされると、他に児童がいない分、悲惨なこと
になる。娘がその「ノケモノ」になった時は、母子で泣き、そして励ましあったものだ。
彼女はやがてそこから自力で這い上がった。都会にいたころには考えられもしなかった逞
しい精神力、そして忍耐力を娘はこの山狭の村でいつのまにか培っていたのだ。
今、わたしたちは北東北で暮らしている。縁あって娘は土地の人と結婚。そして元気な
男児を出産した。「名前、決まった?」たずねると、「うん。……字は違うけど、穂澄
だよ」
と娘。彼女にとって、嬉しいことも、つらいこともあった『穂積』の思い出。今も、鮮烈
に刻みこまれていたらしい。
初孫、穂澄よ。澄んだ空に向かって、若穂がぐんぐん伸びていくように育ってほしい。
かつてその山里で少女時代を逞しく過ごした、あなたのママのように。
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