子どもと親のためのコミュニティ広場

久保田起生
頂に輝く雪のように
久保田起生(45) 埼玉県上尾市

 十二月生まれの初めての子どもに「峰雪(たかゆき)」という名前をつけたのは、 その冬の正月に登りに行く冬山が楽しみで楽しみで頭から離れなかったからだった。
 僕はまだ本当の意味で親にはなっていなかったのだろう。カミさんには、「頂に光り輝く 雪のように純粋で誇り高く生きるように」などともっともな説明をしたけれど、本音 を言えばついこないだ顔を合わせたばかりの小さな同居人に、僕はさほど愛情を持てない でいた。
 山に出発する支度を整えて、名前を呼びながら赤ん坊の顔を覗き込むと、
「抱っこ」をせがむように僕の方に小さな手を伸ばしてくる。僕は、それまで赤ん坊に何か をして欲しいとせがまれた経験がなかったので、寝返りさえままならない存在に頼られて、 何とか答えてやりたいという気持ちが、自分の中に湧き上がってくるのを不思議なもので も見るように感じた。まさか、生まれて一ヵ月も経たない赤ん坊が、自分の名前を理解す るわけもないが、なんだか僕らのつけた名前に血が通って、僕らの赤ん坊に一人の人間と しての個性が宿ったように感じた。と同時に、自分が父親という存在になろうとしている ことを実感した。
 僕は後ろ髪が引きちぎれそうになりながらも、夜行に乗って、北アルプスに入った。ベ ースキャンプを設営した日は快晴だったが、予報では天候は悪くなる一方だという。僕は 仲間と一緒に、早めに山頂を踏んで、早めに下山した。通常であれば、多少天候が悪くて も安全なベースキャンプでもう一つ別の頂を踏めるように粘るのだけれど、その冬は無理 をしたくなくなっていた。
 それに、山頂で取ってきた雪を息子に見せたくてたまらなくなっていた。生まれたばか りの赤ん坊にわかるはずもないのに。
 冷蔵庫の奥の奥にしまってある雪は、今はカチカチの氷になってしまったけれど、その ときの気持ちは今も生き生きと思い出すことができる。生まれたばかりの息子に教えても らった親としての愛情とともに。


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