子どもと親のためのコミュニティ広場
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自分の名前の由来と家族との思い出
小田 慶喜(48) 兵庫県明石市
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私の名前は「慶喜」と書いて「よしのぶ」と読む。子どもの頃何度も、父や母に名前の
由来を聞いたが、あまりはっきりとした説明はしてもらえなかった。名前の由来が知りた
くて、自分なりに調べてみたが、真相は分からなかった。江戸幕府第十五代将軍徳川慶喜
からとったと言えば聞こえは良いが、幕政改革に失敗し、大政奉還をしなければならなか
った人物の名前を、わが子に付けるだろうかと疑問も感じる。「きょうき」と読ませれば、
念仏行者が往生することを喜ぶと理解できる。しかし、これもどこかのお坊さんに頼んで
付けたにしても、生まれてすぐの子どもに往生も受け入れられないし、発音にした時のイ
メージがあまりにも悪すぎる。
結局、成人してから父母にその由来を聞いたところ、重い口を開いて教えてくれた。そ
の由来とは、祖母が「のぶよし」とつけようとしたことに対する、母の反発にあるらしい。
父と母は結婚を認められず、駆け落ちをして一緒に暮らし始めた。戸籍謄本を見て分かっ
たことだが、婚姻届を提出した日と私の生年月日は極めて近く、祝福された結婚でなかっ
たことは察しがつく。そうであるにもかかわらず、男児が生まれると、孫の命名権は自分
たちにあるかのごとく出てくる田舎の封建的考え方に、母は我慢がならなかったようであ
る。ただ当時、如何に進歩的考えを持った母であっても、全面的に反対することは出来な
かったのであろう。そこで母のとった手は、「のぶよし」を引っ繰り返して「よしのぶ」と
することであった。祖母にしても、さしたる理由があって命名したのではなく、祖母とし
ての権力を示しておきたかっただけであるから、引っ繰り返されても自分の威厳は保たれ
たと思ったらしい。父は母の思いを受けて「よしのぶ」に当てはまる「慶喜」を新しい日
本の出発を決めた人物として用いたと言う。
今は亡き母親の抵抗の結果決められた自分の名前に、誇りを持ち感謝している。
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