子どもと親のためのコミュニティ広場

吉田 邦子
佳作
娘はアフリカ人
吉田 邦子(33) モロッコ

 我が娘は二つの国籍を持っている。一つは日本。そしてもう一つは、生誕の地、セネガ ルである。セネガルは、アフリカ大陸最西端にある国で、娘は、胎児時代を含めてちょう ど一年間滞在したことになる。
 妊娠中、「日本に帰国して出産したら」というアドバイスを何度かいただいた。発展途上 国での出産は不確実、というのがその理由であった。確かにこの国は貧しい。街中を歩け ば、交差点毎に物乞いが近づいてくる。一日数百円程度の稼ぎで、数十人の家族を養って いる人もざらだ。マラリアなどの恐ろしい病気も現存し、激しい食あたりは珍しい話では ない。そんな現実を考えれば、こうした意見も、もっともなことであった。
 けれども、我々は結局セネガルで出産する道を選んだ。信頼のおける病院や医師を見つ けたこともあるが、何より我々に決心させた一番の要因は、友人達の存在であった。
 経済的に貧しい彼らは、アフリカ大自然の大らかさをそのまま反映したかのように懐が 深く、我々は何度も感動した。誕生日だと聞けば、歌や踊りを披露し、詩を作って祝って くれた。病気だと聞けば、自分の食事用だった果物を携えて、炎天下を何時間も歩いて見 舞いにやってきた。異国の地でうけた、さりげなくも純粋な優しさに、我々はいつも助け られた。そして生まれてくる娘にも、この幸せを味わってもらいたいと思ったのである。
 娘は無事誕生した。セネガル名は友人が「ファティマ」とつけてくれた。日本名につい ては、セネガルにちなんだ名前をと思い、美しい海と書いてミウ、美しい夕(焼け)と書 いてミユ、などの候補があがったが、セネガル人の心の豊かさに支えられて誕生したこと を誇りに思ってほしいと、深く優しいと書いてミイユ、と名づけた。
 現在娘は三歳。故郷セネガルを後にやってきたモロッコで、今度はモロッコ人の深い優 しさに支えられて、すくすくと育っている。


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