子どもと親のためのコミュニティ広場

石沢由彦
佳作
風になれ
石沢 由彦(38) 青森県黒石市

 出産予定日は四月。桜の花びらを運ぶやさしい春風をイメージした名前は風太。名付け 本を何冊か開いたが心の中では決めていた。
 しかし、二ケ月以上早く、切迫早産で彼は生まれた。厳寒の二月、春風どころか、雪を 味方につけた北国津軽の冷たい風が真横に吹き抜けていた。目を覆うガーゼ、手足から何 本も伸びたチューブ、頑丈そうな保育器…超未熟児の彼に与えられた多くの試練。
 私たち夫婦も同じ。母子センターは隣町。生まれたての子を残して、すぐに退院させら れた妻。短い面会時間を終えて帰路に就く産後の体が、吹き荒れる風に揺れる。わが子を 抱くことさえ叶わない苦しみ。
 私たち親子に立ちはだかる逆風が、とてつもなく大きく感じられた。『風』を名前に付け てよいのだろうか…迷ったまま彼を見る。彼は生きるために戦っていた。周りに並ぶいく つもの保育器の中には、運命と闘う小さな命。そして、24時間彼らを守り続ける看護師 さんがいた。私の隣には、母としての責任を一身に背負い、ひたすら願い続ける妻。
 すべてが彼の背中を後押しする力強い風だった。彼を支える追い風がとても嬉しくて、 涙が溢れて止まらない。彼が必至に生きようとする姿は、向かい風に挫けそうになる私た ちの背中を前へ前へと押し返す。彼もまた、私たちを勇気づける大きな風になっていた。
 「風太でいいよな」「それしか思いつかないんでしょ」「ああ」
 心地よい春風がつむじを巻き上げる四月、彼はようやく退院した。初めて浴びる日の光 に目を細める風太。小さな命を支え、ここまで運んでくれたみんなの風を、私はしっかり と心に刻みつけた。
 あれから十年。悩んだ時に見上げる色紙には、あの日の想いが綴られている。
 「いつもやさしい春の風であれ
   時に悪に立ち向かう力強い風となれ
                 命名 風太」


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